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視点 オピニオン21
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東京芸術大非常勤講師  赤池 孝彦 (桐生市東)


【略歴】静岡県出身。東京芸大大学院修了後、文化庁在外研修員など歴任。改装したのこぎり屋根工場を拠点にアートプロジェクト・桐生再演を企画運営する。美術家。


染色機械の存在感



◎工場内部の風景も記録



 前回、重伝建地区と通り一つ挟んだ横山町にある神成染色工場に古材置き場を設営することについて書かせていただいた。その記事が重伝建地区選定記念の催しの日に掲載されたおかげで、たくさんの方々から感想をいただいた。

 さて、工場に山積みされていた糸束の片付けも終わったが、次に予定していた染色機械の撤去に取りかかる気にはなれなかった。物理的な理由ではなく、心理的な理由が大きい。というのも、80年以上稼働し続けた染色機械は、雑然としているものの、機能的に設置されているのだろう、機械の金属部分に鈍く反射する使いこまれた痕跡が見える。所有者の神成穂瑞美さんの手が届く範囲にスイッチやレバーが配置され、それぞれが関係性を帯びている。ずっとそこに存在していたかのように、工具一つ一つがいつでも使える状態にある。

 工場内にいすは一つもないが、新聞紙が敷かれた机の正面には、糸のサンプルと染料の配合が記された資料が手の届かないほど高く本棚に積み上げられている。いつでも取り出してもらえるように、記号がはっきりとこちらを見ている。その横には染料缶が並び、工場は実験室のように試験管や秤(はかり)、薬瓶など色とりどりの実験器具が響き合う。

 神成さんは「染色は化学」と言い切る。中学卒業後、父親の勧めで桐生工業高校の色染科に入学するが、戦時中だったため、学徒動員で太田の中島飛行機に従事する。以来、昨年まで染色工場を操業してきた。

 先日、建造物の保存修復を専門とする方を案内すると「拝見した工場(工房ではない)は、まさに桐生の“人”を語る遺産です。あのように、一人一人が貢献して社会が築かれてきたことを伝えなくてはなりません。自分に何ができるか考えてみます。あの素晴らしさをどうしたら人々に理解してもらえるかも。心ある人で話し合いたいですね」とおっしゃっていただき、撤去する悩みが払拭(ふっしょく)された。

 同地区内で出された古材は糸束を片付けた場所に置かせてもらうことにして、計画に工場を記録する項目を新しく加えることにした。神成さんから糸を染める工程もうかがい、工場の機械がどのように連動していたかを確認した上でスケッチして1枚にまとめたい。より工場を大切にしていただけるように、親類や近所の方々にも近代化産業遺産の残され方やその実例を紹介させていただけたらと思う。

 この桐生新町の一部でもある横山町には、このほかにも小さな工場や店舗がいくつか残っている。井戸や路地裏のある佇たたずまいは、用済みという理由で更地にしてしまったら二度と戻せない。町並み保存という外観に重きが置かれた概念に振り回されぬよう、工場内の風景も残せるようにしたい。







(上毛新聞 2012年9月1日掲載)