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視点 オピニオン21
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独日翻訳者  長谷川 早苗 (高崎市吉井町)


【略歴】ドイツ語学校のゲーテ・インスティトゥート東京校やゲッティンゲン校などで約10年間学ぶ。2011年4月に初の翻訳本出版。ぐんま日独協会事務局員。


人には会ってみる



◎誤解から分かることも



 ときどき、群馬に住んだり訪れたりするドイツ人と食事をする機会がある。日本食ということで、そばなど麺類を食べることも少なくない。そのときにほぼ必ず出てくるのが、この話題。「日本でそばを食べるときは、音を立ててすするんだよ」だ。

 ところが、ドイツでは食事中に口から出る音はかなりのタブーらしい。私の友人にも、ゲップをすると気の毒になるほど恥ずかしそうな様子で謝る人がいた。そして実際、「ほら、ズーッとすすってみて」と言われて、「絶対にできない!」と怒りだした人を見たことがあったのだ。

 郷に入れば郷に従えと言う。ドイツにいたとき、スーパーのレジで私の番が来ると店員が不機嫌になった。最初、「もしかしてこれが人種差別?」と思った。観察してみると、ほかの客は「こんにちは」とあいさつしてからレジを済ませている。そうか、日本みたいに黙って商品を差し出すのではなくて、あいさつしてレジなのか。終わりにはお互いに「ありがとう」と言い合って、週末なら「よい週末を」と付け足す。

 ドイツ式が何でもいいと言っているわけではもちろんない。憧れて行った国とはいえ、ある程度いれば好ましくない面も知る。日本のよいところもあらためて知った。けれど、日本でドイツ人を迎える場合、言葉の仲介役になることもある私はいつも迷う。日本だから日本式でいいのだろうけど、生理的嫌悪感にかかわる場合はどうなる?

 あの怒った人を見て以来、そば屋での場面に敏感になり、小さな声で「しなくてもいいからね」などと言っていた。それにたいていは、言われてちょっと試してみても、経験がないからすすれないのだ。ところがある日、「えー、そうなの? やる、やる。やってみたい」とやたら興味を示す人がいた。果敢に挑戦しては「うーん、難しいなあ。あ、音が出た!」と喜んでいる。こういう人もいるのか、と思った。人には聞いて反応を見てみるものだ、と思った。

 行き違いでも誤解でもすればいいのかもしれない。「あれ?」と感じたところから見えてくるものがある。レジでのあいさつも情報として何かで読んだだけだったら、いまほど印象に残っていなかっただろうし、いろいろ考えることもなかっただろう。仕事柄、パソコンに向かう時間が多い私は、外出先で会った相手からの反応に、はっとすることがある。あー、やっぱり人には会ってみるものだなあ、と思う。

 ちなみに、語学も同じだ。自分もそうだったが、あらためて教える立場になると、皆が間違いをすごく気にしているのがわかる。でも、何となく答えが合っているより、間違えてもきちんと理解するほうが後で役に立つんですよ。






(上毛新聞 2012年9月4日掲載)