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視点 オピニオン21
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映画監督  野田 香里 (東京都世田谷区)


【略歴】東京都出身。学習院大卒。米国でMBA取得。海外生活を経て映画を撮り始める。著書に『ニューヨークからの採用通知』など。群馬県文化財保護審議会審議委員。


「生き方」の授業



◎歌舞伎を通して伝える



 生きる、ということはどういうことか。

 このテーマに歌舞伎を通じて取り組む試みを、東京・三鷹市の公立小学校の授業で行うようになって今年で4年目になる。きっかけは4年前、「こんにちは歌舞伎~竹本清太夫みなかみへ行く」というドキュメンタリー映画を作ったことだった。

 群馬県の子ども歌舞伎を撮影したこの映画に三鷹市の貝ノ瀬滋教育長が共感してくださり、三鷹市立第七小学校で映画を教材にした授業を行うことになった。授業は2部に分かれ、まずは映画で興味を喚起し、次のステップで生徒ひとりひとりに何らかの体験をさせるという流れである。授業名は映画のタイトルにちなんで「こんにちは歌舞伎の授業」と決まった。

 以来、毎年、手法や視点を少しずつ変えながら、映画による座学と体験授業をワンセットにした歌舞伎のプログラムを実施してきた。これまでの体験授業の内容は歌舞伎の演技やツケ打ち、義太夫体験などで、渋川市から上三原田歌舞伎舞台の操作伝承委員を学校に招き、江戸時代から続く地域の文化を支えてきた裏方としての生の声を伝えてもらった年もあった。

 ほとんどの子どもにとって歌舞伎は初めてのもの。映画は子ども歌舞伎の舞台裏と、そこに東京から特別出演した歌舞伎義太夫語りの竹本清太夫の姿を描いているが、核となるのは、豪快な義太夫節を全身からエネルギーを発して語る竹本清太夫の迫力である。

 清太夫を見つめる子どもの真剣なまなざし。驚きのあまり笑い出し、クラス中が笑いに包まれることもある。「かっこいい」「すごい」「びっくりした」。子どもの言葉は直球だ。

 なぜ歌舞伎の授業が「生きる、ということはどういうことか」というテーマなのか。「生き方教育」となるためにはいくつか条件があると思っている。一つ目は、完成した表舞台だけではなく、必ず「裏舞台」を見せること。二つ目は、そこに携わる人の思いや努力を伝えることだ。

 この二つの条件を満たすだけでもいわゆる芸術鑑賞会とは一線を画するが、できればもう一つ条件がある。それは、伝統文化に携わる人々がそれぞれのポジションで、なぜ「それ」をする必要があるのか、「頭」だけではなく「身体」を通して考える機会を与えること、である。

 この三つ目の条件は、何も演技や技術の体験だけとは限らない。むしろ現場の先生方に好評なのが、姿勢を正し、大きな声であいさつをする礼儀の実践だ。「心を形に」「形を心に」。礼儀作法は今どきの子どもにとって、異文化体験であるだけでなく、コミュニケーション教育にもつながる。

 見渡せば群馬県は伝統文化の宝庫である。ぜひ群馬県の小中学校でも、生き方教育としての伝統文化の授業を映画を活用して行ってほしい。







(上毛新聞 2012年9月25日掲載)