,

視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
.
醤油販売の伝統デザイン工房社長  高橋 万太郎 (前橋市文京町)


【略歴】前橋高-立命館 大卒業後、キーエンス入社。退社後、2007年に伝統デザイン工房を設立した。「職人醤油」のブランドで全国の老舗の醤油を販売する。


醤油蔵の若者の挑戦



◎見学者受け入れで活気



 「気が合うと思ってさ」と、同世代と思われる若者を私に紹介しながら醤しょうゆ油蔵の社長さんが笑っていました。折をみては取引先の蔵元に足を運ぶようにしています。ここ岐阜県の山川醸造も何度目かの訪問でしたが、新しく入社したスタッフを紹介してくれたのです。聞けば一流大学から一流企業に就職し、その後に海外を1年ほど放浪、日本や地元の岐阜県のことを考えながら帰国した矢先、この蔵と出合ったそうです。

 ただ、伝統ある醤油蔵で何をすべきか迷っているとも言います。そもそも、どうして入社を決めたのかとたずねると、醤油を仕込む大桶おけが並ぶ光景に感動して、このような醤油を伝えたいと感じたからという答えが返ってきました。確かに、私自身も薄暗い蔵の中で整然と並ぶ桶には驚いたものですが、初めて見るこの光景はすごいよねと意見が一致し、消費者の方への蔵見学のアイデアが生まれました。この蔵は料理店向けなどの業務用途の出荷が主だったのですが、今後は消費者の方への直接販売を増やしていきたいという社長の意向とも合致しました。しかも、多くの観光客が訪れる岐阜城からすぐ近くの立地ということもあり、期待感は増していきました。

 早速、地元のホテルに出向き告知協力を依頼、蔵の見学コースや説明の仕方を考えていったそうです。ただ、準備に奔走する彼を横目に、現場のスタッフはあまり乗り気ではなかったといいます。これまで数十年にわたって醤油を造り続けてきた現場に不特定多数の観光客が押し寄せることに、熟練の職人たちが難色を示したのです。何が起こるか分からない、本当に大丈夫なのかという声が多い中、社長が「ものは試しだよ。一度やってみよう」と説得し、日程を限定しての蔵開放祭りが開催されたのです。

 当日は地元の方を含め多くの人が押しかけました。自分の身長よりも大きな桶を見上げた女性の歓声が蔵の中に響き、搾りたての醤油がおいしいと笑う子どもたちの声に満ちていたそうです。自分たちにとっては当たり前だった光景に驚きの声をあげる人々と、目の前で聞くおいしいという反応に、職人たちの表情も生き生きしていたそうです。そして、今となっては進んで蔵の案内もするし、レジ打ちだってしているんだよと後に社長が教えてくれました。そして、この変化こそが一番の収穫だったとも。

 この出来事は外側にいる第三者がいくら論理立てて提案しても形になることはなかったと思います。若者が組織の中に飛び込み、何か新しい挑戦をしたいと考える。反対意見や後押しをする声に囲まれ奮闘していく中で、気づいたら組織全体の考え方や雰囲気が変わっている。ここに伝統産業や地域産業の中に若者が入っていかなくてはいけない理由があると思います。






(上毛新聞 2012年9月26日掲載)