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静岡大人文社会科学部教授  布川 日佐史 (静岡県沼津市)


【略歴】ブレーメン大客員教授、厚労省「生活保護の在り方に関する専門委員会」委員などを歴任。雑誌『貧困研究』(明石書店)編集長。館林市出身。


ドイツの貧困対策



◎援助担う「ひとつの手」



 ドイツの貧困対策の進展を調査するため、ベルリンに来ています。朝夕、肌寒さを感じつつ、行政機関やNPOでヒアリングをしています。

 ドイツで貧困対策が国の政策課題になったのは1990年代末です。貧困と格差の実態調査が始まり、社会扶助(日本の生活保護)を利用しやすい新制度へと改革し、受給者を増やしてきました。

 まず、2003年に「高齢者・重度障害者基礎保障」を作りました。年金の少ない高齢者や重度障害者の生活を保障する制度です。老親を抱えた中間所得層の要望にこたえ、従来の社会扶助よりも扶養義務を軽くしました。年収が10万ユーロ(約1千万円)に満たない人は、老親への扶養義務を問われないことにしました。高齢者は、保護を受けると子どもに迷惑をかけるという心配をしなくてすむようになりました。

 05年には、失業者など就労可能な生活困窮者とその家族のために「求職者基礎保障」を創設しました。それまで日本と同様に、就労支援は国・労働行政が、生活支援は自治体・福祉事務所が、別々に行っていました。新たに両者の協働機関「ジョブセンター」をつくり、「ひとつの手」から援助を担うことになりました。

 その後の歩みは平坦ではありませんでした。ドイツの憲法は、国と自治体がこうした「混合行政」を行うのを禁じていたため、07年には連邦憲法裁判所によって憲法違反だとされてしまったのです。どうなるか見守ってきたところ、10年に憲法を改正し、「ひとつの手」による援助機関を特例として認めるという条項を憲法に書き込みました。憲法を変えてまで、新しい制度の法的基盤を確実にしたのですから驚きです。

 今回の調査では、国・労働行政が、対象者にあわせた就労支援サービスを展開していること、同時に、自治体も生活支援を拡充していることが確認できました。労働行政の担当部分も引き受け、自治体だけで「ひとつの手」からの支援に乗り出したところが100を超えたことも分かりました。

 日本の生活保護受給率は1・6%ですが、ドイツでは二つの基礎保障の受給者をあわせると全住民の9%近くなります。日本ですと受給者を減らせ、給付額を下げろということになりそうですが、ドイツは子どもへの給付額が低すぎるとして、改善を図っています。ドイツでも派遣など低賃金就労が増えていますが、給付額を引き下げるのではなく、最低賃金を引き上げることが課題となっています。また、年金だけでは最低生活に満たない人が多くなるので、年金を引き上げようという議論も始まっています。

 社会保障の土台を固めることの意義をしっかり考えたいと思います。





(上毛新聞 2012年9月29日掲載)