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視点 オピニオン21
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INOJIN工芸俱楽部代表  井上 弘子 (桐生市境野町)


【略歴】東京都大田区出身。筑波大芸術専門学群卒。同大学院を修了。在学中に陶芸を学び、県美術展や日本現代工芸美術 展など入賞入選多数。工芸教室講師で工芸家。


今を生きる喜び



◎行動して多くの経験を



 教師をしていたころ、生徒に質問されたことがあります。「人は何のために生きているのでしょうか。生まれてきたから、死ぬまで生きるのでしょうか。死ぬのが怖いから、生きているのでしょうか」と。その時は人生経験も浅く、即答できませんでした。でも、ずっと答えを探していました。

 人は日々の糧を得るために長年働き、苦しいことや辛つらいことがあっても、ちょっとした楽しみを見つけてストレスをやり過ごしながら寿命を迎えます。終戦から67年の時が流れ、国や家族を守るためといった明確な目的が見失われている時代です。地震や原発事故などの天災や人災はあっても、国全体では平和と言える今の日本でしょう。こういう社会に生まれて、確固たる目的を持って人生を送ることは難しいことです。

 それでは、どういう時に私たちは生きている喜びを感じるのでしょうか。それは日常生活の中にも見いだせます。たとえば、空の色の変化や雲の流れ、月の満ち欠け、星の瞬き、満開の桜、錦秋。こうした四季の自然の美しさに接した時にも私は幸福感を味わいます。また、友と琴線に触れる交流を得た時、仲間と一つの事業を成し遂げた時、家族のだんらんなど、人とのつながりを確認できた時も充実感に満たされます。おいしいものを食べた時とか、自分の思いを作品にうまく表現できた時とか、いろいろな時に生きている喜びを感じることができます。

 何のために人は生きているのか、いまだ明瞭に語ることはできませんが、もしかしたら、人生を「経験する」ために生きているのかもしれません。生きていれば、日の当たる道だけでなく、日陰の道も進まなければならない時もあるでしょう。日陰の道は寒く辛いけれど、そこを通り過ぎた時に一回り大きくなった自分を発見できます。楽しいことも辛いことも両方経験することによって、楽しい時を過ごせることに感謝する気持ちも生まれてきます。

 人の好みは千差万別で、趣味も価値観もさまざまです。自分が工芸にひかれる理由は言葉で説明できないのですが、人を好きになるのに理由はいらないのと同じだと思います。気付いた時には、工芸のことをいつも考えている自分がいました。ノコギリ屋根の工場を使用できるようになった時、迷わず工芸に関連したことを始めたいと思いました。工芸を軸に、いろいろな人と交流する人生を経験してみたいと願ったからです。

 「願い続けていれば、いつか夢はかなう」という言葉を耳にしたことがあります。でも、願っているだけでは、現実には何も起こらないことを、私は今までの人生の中で知りました。夢に近づく努力をして、一歩前に進むことが大切です。行動に移して、たくさんのことを経験していきましょう。






(上毛新聞 2012年10月9日掲載)