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視点 オピニオン21
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作曲・編曲家  福嶋 頼秀 (東京都板橋区)


【略歴】前橋市出身。前橋高、慶応大卒。会社員を経て、作曲・編曲家として活動を開始。オーケストラや和楽器の作品を多数発表。演奏会の企画・司会も手掛ける。


まわり道も悪くない



◎さまざまな経験が糧に



 10月1日、今年も企業各社で内定式が行われた。期待と不安を胸に抱き、緊張した面持ちで椅子に腰掛けた学生の姿を、ニュースでご覧になった方もいらっしゃるだろう。就職氷河期と言われて久しく、彼らの多くは就職活動で大変苦労している。内定を得た学生でさえ「自分が選んだ会社はベストの選択」とはなかなか言えないかもしれない。

 私は今、フリーの作曲・編曲家として仕事をしているが、大学卒業時には音楽関係の企業をねらって就職活動をした。だが希望はかなわず、内定をもらえた銀行にその後5年間勤めることとなった。そこでは貸し付けの審査や営業から、企画セクションでの経営会議の資料作りまで、さまざまな業務に一生懸命取り組んだ。もし「その選択はベストだったか?」と問われれば、「ベストかどうかはわからないが、その経験が今でも十分役に立っている」と答えることはできる。

 私の主な仕事は、全国のプロのオーケストラや和楽器合奏団のために作曲や編曲をすること。こういう仕事の発注は、楽団の企画担当者から直接電話がかかってくる。例えば「語り手とオーケストラのための、子どもも楽しめる約15分の音楽物語を作曲してほしい。○月○日が本番で、スポンサーは□×△」といった具合。さあ、そこから私の頭の中が大回転をし始める。作曲上の決めごとはたくさんある。まずは試行錯誤して素敵なメロディーを生み出す。そして和音の流れやリズムの変化などを一つ一つ決める。それから20種類以上もある楽器にフレーズを振り分けるオーケストレーションも大変時間がかかる。私は音楽大学卒ではなく独学で身につけた技術も多いが、このような作曲技法は、仕事現場で実際に演奏された音楽をチェックし、指揮者や演奏者の意見などをフィードバックさせることで、実践的な技術として磨きがかかってゆく。

 作曲家が決めることは他にもある。例えば作品のテーマやメッセージ。今の時代に音楽家として何を発信すべきか。それを感じてもらうには、どんな展開が効果的で、台本や演出はどうするのか。こういう内容は作曲に取りかかる前、指揮者・演出家・出演者・制作スタッフなどと話し合いながら決めていくが、実はこの段階での判断が作品の善しあしを左右することも多い。

 作曲・編曲は音楽を通して社会に発信する仕事でもあるので、それには実社会での経験や知識、仕事を段取りする力、企業や自治体などのクライアントのニーズの理解等が自ずと必要になる。私の場合、そういう部分が同業者よりも少し得意であり、会社員としての経験がはからずも役立つこととなった。一見“まわり道”のような選択をしたからこそ、“その後の道の糧”となることもあるのだ。






(上毛新聞 2012年10月16日掲載)