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樹木医、万葉園グリーンサービス経営  塩原 貴浩 (前橋市田口町)


【略歴】前橋高、東農大院修了後、京都の「植藤造園」で修業。2003年、28歳で樹木医に。家業の造園業の傍ら、桜を中心 に巨樹・古木の診断・治療に当たる。


巨樹・古木保存の意義



◎遺伝学、文化的な価値



 地域のシンボルとして心のよりどころとなり、時には御神木として信仰の対象ともなる巨樹・古木は、悠久の時を人々と共に暮らしてきた。都市化の進んだ現代では良好な自然景観の構成要素として重要な役割を担っている。これらの樹木を保存し、後世に伝えていくことの意義は、周囲の動植物に与える生態学的な関係だけではなく、病虫害や風雪に耐え抜いて、長寿を保ってきた資質を有する遺伝学的価値もある。また、種まきや代かきの目安など農耕と密着しているものもあり、街道沿いや町村の境界に生育し、歴史を語る文化的遺産という面でも大きな意味を持っている。

 これらの貴重な巨樹・古木の多くが近年、衰退の傾向を示している。落雷や台風による折損など原因はさまざまであるが、全国的に、工事時の掘削で根を傷つけ、腐朽が進行したり、根元まで舗装し、雨水が浸透しなくなる等、人為的な損傷や都市の肥大化とそれに伴う環境改変によって、健全な生育を続けられなくなる傾向にある。

 群馬県も国指定の天然記念物である原町の大ケヤキや安中杉並木など交通の要所に生育する個体が危機にひんしている。これらは大きさや歴史的に存在意義があり、安易に後継樹に植え替えれば済むものではない。われわれ樹木医はこれらの貴重な遺産を未来へ引き継ぐために綿密な調査を行い、手法を検討し、樹勢の維持、保存を図っている。

 健全な生育への回帰を図る第一歩は、対象とする樹木の状態を正確に把握し、衰退を起こしている原因を明らかにすることによってそのストレスを除去することである。一時的な肥料散布や農薬等に頼るのではなく、土壌改良と共に透水化舗装など根本的な環境改善が必要となる。腐朽が進み、周辺の通行者や住民に著しく危険を及ぼすような場合は残念ながら、伐採を検討することもある。これらを行うには地域住民の理解と協力が必要だ。

 よくソメイヨシノは短命といわれるが、植栽環境が影響している。街路樹として交通量の多い場所や公園に植えられ、常に根元を踏み固められる宿命にある。しかし、管理の優れた弘前公園では100年を超す老桜もあり、県内では世良田東照宮に一般にいわれる60年の樹命を優に超す巨桜がある。つまり環境次第で左右されるのだ。樹木のすめない環境では人間も到底暮らしてはいけない。一度根を下ろすと、定められた場所で一生を過ごす樹木は、人間が能動的に生態系や環境を保全してこそ巨樹になり得る。

 農耕民族の日本人は季節を大切にしてきた。経済社会では日・時を労働単位とし、現在は分・秒が求められる情報化社会である。こんな時代であるからこそ人間の寿命よりもはるかに長く生きている巨樹・古木を大切に思い、会いに行ってほしい。







(上毛新聞 2012年10月18日掲載)