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県衛生環境研究所所長  小沢 邦寿 (前橋市岩神町)


【【略歴】大阪府豊中市出身。東大医学部卒。帝京大市原病院外科助教授、県循環器病センター(現 心臓血管センター)副院長などを経て、2001年から現職。


がん対策



◎早期発見へ検診活用を



 がん対策基本法に基づき、政府は今後5年間のがん対策推進基本計画を6月に策定した。日本人の2人に1人が生涯に一度はがんにかかり、4人に1人ががんで死亡する時代である。一口にがんといっても、検診による早期発見が可能で根治が見込め、治療が奏功する「たちの良い」がんと、早期発見が難しい、あるいは早期であっても治療成績が上がらない「たちの悪い」がんとに分けられる。前者には胃、大腸、乳腺、子宮頸部(けいぶ)、前立腺、甲状腺のがんなどがあり、後者には肺、膵臓(すいぞう)、肝臓、食道がんなどがある。残念なことは、現在でも「たちの良い」がんで命を落とす国民が少なくないことである。

 私は55歳を過ぎてから毎年ドックを受けることにしていて、これで胃、大腸、前立腺のがんではまず死ぬ心配はないと考えている。そのかわり、膵がんなど今でも治療が難しいがんに不幸にしてなった時には、仕方がないと諦める覚悟もできている。さらに、胃や大腸ならば年1回の検診を受けていれば、粘膜内がんのうちに見つかる可能性が高く、多くの場合手術でなく内視鏡による治療が可能である。

 がんの早期発見は治る確率が高いことだけがメリットではない。内視鏡治療や縮小手術など身体への負担が少ない方法での治療が可能となり、合併症や後遺症のリスクが格段に少なくなることにもある。今回のがん対策基本計画には、75歳以下のがん死亡率を10年間で20%減少させること、平成34年までに成人喫煙率を12%に低下させること、29年までにがん検診の受診率50%以上(一部40%)を達成することなど、あえて高い目標が盛り込まれており、国としての強い意欲が示されている。

 わが国のがん検診の受診率は、ほぼ全てのがんにおいて米、英、韓国のそれを大幅に下回っており、この受診率の低さが、がん死亡の多い最大の原因となっている。優れた医療制度を持ちながらも、がんによる死亡が一向に減らないのは、何も医療水準や提供体制に問題があるためではない。国民ががんから身を守る最も有効な手段としてのがん検診を、これまで活用してこなかったためである。今の時代、胃、大腸、乳腺、子宮頸がんなどを手遅れになるまで放置し、あるいは進行がんになってようやく診断を受け、大手術や抗がん剤の治療を受ける羽目に陥ったとすれば、それは医学の進歩の恩恵を自らとり逃すことであり、「もったいない」の極みというほかはない。

 がん検診を忌避することは、ある意味で愚かな生活態度であって、あたら命を粗末にすることに通じるとまで言えるのである。長年がん検診に従事してきた経験から、あえて強い語調で言わせていただいた。どうか、できる限りがん検診を活用して、天寿を全うしていただきたいものである。





(上毛新聞 2012年10月25日掲載)