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視点 オピニオン21
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ひつじ大学代表  佐藤 喜久一郎 (伊勢崎市曲輪町)


【略歴】伊勢崎市生まれ。早稲田大卒、筑波大大学院修了。2007年にひつじ大学設立。東京未来大、首都大東京非常勤講師。著書に『近世上野神話の世界』。


魅力ある神話伝説



◎研究者を育てる環境を



 「群馬県は古代の毛野国そのままで、古代や中世がいきいきと生きている」。40年ほど前、神話の調査をするために群馬にやってきた角川源義さんが、旅行のあとこんな印象的なことをつぶやいている。ただ、地元に住む多くの県民にとってみると、群馬は古代のまま、というフレ-ズはあまりピンとくるものではない。

 しかし、民俗学や古典文学の研究者のあいだでは、群馬の神話伝説の面白さは広く知られている。少し専門的な話になってしまうが、『神道集』という不思議な書物がある。14世紀中ごろにつくられた著名な神話書で、民衆が語り継いできた神様の物語をたくさん集めたものである。

 興味深いのは、全国の有名社寺の伝説を取り上げた本なのに、それらと並び立つように、赤城、榛名、子持山など、群馬のローカルな神様の物語がいくつも収録されていることである。編さんの詳しい歴史的背景は不明だが、おそらくは上野国(群馬県)在住で、民衆の文化に通じた人がこの本の編集に携わったようである。

 地域神話を集めた分厚い書物がつくられたのは全国でもごくまれな事例であり、当時の群馬県地域が文化的に豊かな場所だったことが分かる。

 物語に出てくる地名や、神話に登場する神様を祀(まつ)った祠(ほこら)などは、今も群馬にたくさん残っている。これらが「生きた中世」であり、地元出身でない角川さんには、たいへんな驚きだったようだ。

 角川さんは、自分が経営する出版社から『神道集』の翻刻を出版するなど研究の発展に力を尽くしたが、その後40年、多くの研究者の力で『神道集』研究は大きく進歩し、地元群馬からは興味深い新資料が次々と発見されている。

 ただ残念に思うのは、このところ、そうした研究の成果が地域社会に還元される機会が少なく、県民の関心がやや薄れてきたことである。少し前までは、地域の小中学校に学界の動向に詳しい先生が必ずいて、地域文化研究の魅力を県民に伝える窓口となっていた。じじつ、角川さんの道案内を務めたのも、池田秀夫さん、近藤義雄さんをはじめとする当時の情熱的な学校教師だった。そして、そうした先生に学んだ子どもたちのなかから群馬の文化を支える貴重な人材が育ってきた。

 しかし最近では、地域文化研究を志す青年の数が以前に比べてかなり少なくなっているそうだ。情熱的な青年教師は今も多いが、現代の学校ではこなすべき事務仕事の量がかなり膨大なものになっていて、研究指導などとてもできないという実情があるらしい。県や市町村は群馬の魅力度アップを目指して努力を続けているそうだが、そのためにはまず、教育現場において、研究者育成のための環境づくりをすべきである。






(上毛新聞 2012年11月20日掲載)