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視点 オピニオン21
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青山学院大学学長  仙波 憲一 (埼玉県戸田市)


【略歴】高崎市生まれ。高崎高―青山学院大経済学部―同大大学院経済学研究科。2011年12月から同大学学長。専門はマクロ経済学。戸田市教育委員会委員長。


社会への信頼感



◎新たな考えで再構築を



 「自分のよりどころは何だろうか?」。こんな問いかけをすることが多くなった。身に迫る高齢化、いじめや子ども虐待、東日本大震災と福島原発、景気低迷と失業増加、財政赤字と増税、近づく総選挙、円高、領土問題等々。これらを理解し、自分の考えをまとめ判断を下すのに、何を頼り、よりどころとしたらよいのか、はたと迷ってしまう。

 私のみならず、地域が、さらには社会全体においても、将来に対する展望が描けず迷い、判断ができず、自信をなくしてしまっているのではなかろうか。「よりどころ」とは、「頼みとするところ」「支えてくれるもの」「根拠」のことであり、転じて「判断する基準」へとつながっていく。

 いま社会にあるさまざまな基準への信頼が薄れかけている。特に大震災で失われたものは大きい。家族を、あるいは友人・知人を失った悲しみと孤独感、生活の場を一瞬にして奪われた喪失感。われわれは、信じていた安全基準が崩れるのを目撃し、科学技術を基礎とした現代社会への信頼を失い、さまざまな基準に対し疑うようになった。何よりも大きいのは、生活基盤そのものの脆弱(ぜいじゃく)さに気付き、社会に対する信頼が損なわれ、国や地域社会が抱えるさまざまな欠陥や矛盾が露呈し、先行きの見えない不安感がまん延したことである。今や「制度疲労から制度崩壊」の時代となったのだろうか。とはいっても、これを放置するわけにはいかない。

 あらゆる政策や施策には、かじ取りを付託された専門家がいる。彼らは人々の代表として政策立案にかかわり、考え方、政策決定プロセスについて、人々への説明責任と透明性を担保する義務がある。これが不完全だと人々の間に不信感が生じ、やがて不安感となり、社会が不安定化し機能不全に陥る。同時に、社会から公共的視点が失われ、私的論理が優先され、人と人とのつながりが希薄となり、社会から連帯感が失われる。

 今、われわれに必要なのは、社会への信頼感を再構築することと、国際社会から身の周りのコミュニティーに至るまでを幅広く公共的視野で捉とらえられ、かつ、冷静な分析力を身につけ、高い倫理観を併せ持ち、さまざまな課題の解決に向かっていける人材である。

 子どもには、家庭・学校そして地域での学びを通じて、自分で判断できる能力と生きるすべと将来に対する希望と自信を持てる努力をさせ、他人に判断を任せない人間に育てなければならない。

 そして大人は、これまでのありようを見直し、新たな考え方を模索し、時代に適合した社会の再構築に向けて、積極的に取り組む気構えが必要である。そして、われわれが新たによって立つことができる社会を展望しなければならない。それぞれの立場で、元気に、勇気をもって、根気よく、とことん取り組んでいくことが肝要である。






(上毛新聞 2012年12月3日掲載)