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視点 オピニオン21
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前橋市文化国際課芸術文化推進室学芸員  住友 文彦 (前橋市表町)


【略歴】金沢21世紀美術館準備室、東京都現代美術館などに勤務。海外に日本の現代美術を紹介する展覧会などを企画し、共著書に『キュレーターになる!』など。


芸術文化がもたらすもの



◎交流生み地域を豊かに



 私はこれまで15年以上にわたり、公立美術館や私立美術館、また複合型の芸術施設などで美術展の企画をしてきました。私が仕事をはじめた頃から比べると、美術作品に触れる体験は特別なものではなくなり、多くの人にとってかなり身近なものになったことに驚いています。とくに現代美術と言われる同時代の作家の表現は、何やら難解なものからもっと身近で共感できる対象に大きく姿を変えてきているように思えます。

 これは作品のあり方も変わってきていると同時に、見る側の多様な表現への好奇心や関心が高まっているのが理由ではないでしょうか。芸術文化に関心を持つ人たちは交通が不便な地方の街にも熱心に足を運ぶので、地域に内外の交流が生まれる機会を増やしています。このように芸術文化が、ごく一部の人の趣味ではなく、日常生活のなかで広く楽しむものになってきているのは経済成長一辺倒だった社会が、多様な価値観が共存することをよしと考えるように変化してきているためだと考えています。

 芸術表現は一人ひとりが自分なりの感じ方を人に伝える手段です。人と違っていていいし、それを肯定し合うことができる領域があることで社会を豊かにすると思います。私たちが経済的な理由ではもう関心を持つことがない古いヨーロッパや京都の街に魅力を感じるのは、独自性の強い表現をずっと大切にするような寛容さに触れたいからに他なりません。

 そう考えると、経済繁栄を享受できる時間に比べると、文化を豊かに育むことで人を惹 ひきつけられる時間のほうが圧倒的に長いはずです。政治や外交のうえでも文化的な優位性が物を言うことが多いのは、長い年月を積み重ねることでしか達成できない豊かさに敬意を払うからです。歴史的に見ても、経済大国の都市間競争は必ず文化に向かいます。

 また、芸術文化の影響には、このような長大な話ばかりではなく、もっと身の回りの日常にもたらす変化もあります。自分なりの感じ方に形を与え、表現することができる芸術作品から、私たちは実に多くのことを学べるのです。その観察力やコミュニケーション能力には、人が生きるための術として必要なことが詰まっています。だから、芸術作品は自分とは関係のないものと思っていては損なのです。

 これまで多くの社会が大切にしてきたのには必ず理由があるのです。ただの趣味や娯楽以上に、地域にもたらすものがあるから、人々が芸術文化にお金を投じてきた歴史があるのでしょう。その意義や効果に気づくことから、これからの時代における地域の振興がはじまるような気がします。








(上毛新聞 2012年12月16日掲載)