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東京都健康長寿医療センター副部長  青柳 幸利 (東京都西東京市)


【略歴】トロント大大学院修了。カナダ国立環境医学研究所、奈良女子大、大阪大を経て1999年から現職。複数の大学院で非常勤講師兼任。医学博士。中之条町出身。


健康施策の見直し



◎日常の身体活動に注目



 バブル崩壊後の日本経済の低迷を指して「失われた20年」と言われます。これと同様のことが、国や地方自治体が進めてきた「健康づくり」にも当てはまると思います。

 6年半のカナダ留学を終えて帰国した1997年の春、折しもわが国では、健康政策の一環として筋力トレーニング(筋トレ)が脚光を浴び始めました。その後もさまざまな運動のブームが起きましたが、いずれの取り組みも全国的な広がりを見せませんでした。

 一連の健康政策がことごとく失敗したのは、従来のやり方が一元的で偏った考えに基づいているからです。確かに、健康が損なわれたり、体力が衰えたりする主な原因の一つは運動不足です。また一般に、筋トレのような特殊な方法が体力や健康を維持・増進するのも事実です。だからといって、所定の運動プログラムを不特定多数の、それを必要としない人にまで一律に応用していいということにはなりません。

 わが国では、他の先進諸国におけるように、人口の高齢化に伴って増大する医療費が喫緊の財政問題となっています。これを解決するためには、あくまで予防医学的な集団アプローチの視点に立った、老若男女を問わず誰でも行える普遍的な健康施策の展開が不可欠であると考えます。

 臨床的な見地で重視すべき点は、当該運動の効果があるかどうかよりはむしろ、それ自体を実行かつ継続できるかどうかなのです。したがって、自治体をはじめ各種の団体は、もともと健康で、それに関心度の高い人しか参加しないし継続もできないような、運動を中心とした健康支援事業を見直すべき時期に来ているかもしれません。

 加齢に伴ってさまざまな機能が衰えます。日常生活では、年をとるほどに病気の有無に勝るとも劣らないくらい体力の有無が重要になります。ではどうしたら体力や健康を長く維持することができるのでしょうか。それには、両者に大きな影響を及ぼす生活習慣を改善していくのが一番です。昨今、サーチュインなどの長寿(抗老化)遺伝子が衆目を集めていますが、この遺伝子の活性化・不活性化(スイッチが入る・切れること)さえも生活習慣の善し悪しで決まります。

 2000年以来、生活習慣の中でも客観的かつ正確に測定・評価できる日常的な身体活動と、種々さまざまな心身の健康との関係に重点を置いて研究を行っています。そして今までに、健康長寿の実現に最適で、医療費削減の効果が得られる日常身体活動の量や質など総合的パターンを明らかにしてきました。このことが「健康づくりにおける特殊性(個別の運動のみに着目すること)から普遍性(一日全体の身体活動に注目すること)へのパラダイムシフト」につながると確信しています。






(上毛新聞 2012年12月24日掲載)