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| ◎三島塚古墳 |
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小祝神社から高崎・吉井線を南下して500メートルのところに、高崎市指定史跡の三島塚古墳があります。円墳という形式のなかでは大型で、直径が58メートルもあります。5世紀前半の古墳とみられ、明治時代に発掘されたときに石棺、鏡、刀などが発見されたと伝えられています。 |
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| ◎いしぶみの道 |
小祝神社周辺は観音山丘陵がつらなり、いしぶみの道(高崎市自然遊歩道)が整備されています。吉井町の多胡碑とともに上野三碑と呼ばれ、国の特別史跡に指定されている山ノ上碑と金井沢碑が残っているほか、中世の山名城跡、根小屋城跡などが知られています。 |
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| ◎山ノ上碑 |
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山ノ上碑は、もとは山ノ上古墳の前にあったもので、放光寺の長利(ちょうり)僧が母の黒目刀自(くろめとじ)のために681年に建てた墓碑とされています。前橋市の山王廃寺から「放光寺」とかかれた瓦が見つかり、山王廃寺が放光寺だった可能性が高くなりました。 |
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| ◎金井沢碑 |
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金井沢碑は城山団地北入口を上っていく途中にあり、726年に建てられた碑です。この付近にあったと思われる佐野三家(サノノミヤケ)の管理者の子孫がかかわったようです。仏教への信仰が記された貴重なものです。 |
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| ◎山名城跡 |
| 山名城跡は寺尾地域の城郭のひとつで、上、中、下とあった三城のうちの下城にあたります。新田義貞の先祖にあたる新田義重は、寺尾城を拠点にしたと『吾妻鏡』という本に見えますが、この城が新田にあったのか、高崎にあったのか昔から議論が盛んです。 |
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| ◎根小屋城跡 |
| 戦国時代には上杉謙信、武田信玄、北条氏康の三つ巴の戦いが繰り広げられました。根小屋城跡は倉賀野に進出していた北条氏を見張るため、武田氏が築いた城とされています。ごく短期間で廃城になったため、武田氏の築城法がそのまま残っており、資料として重要です。 |
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