無限の表情 尽きせぬ魅力 尾瀬国立公園
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 《地球とともに 第1部 異変(2)》 尾瀬の気候変動 植生への影響必至
2008/04/13掲載
 夏に至仏山を登ると、蛇紋岩地帯に黄緑色の花を咲かせたオゼソウがかれんな姿を現し、登山者の疲れを癒やしてくれる。尾瀬で発見され、オゼという名称が冠に付いた植物は計十八種。いずれも太古から、雪が多く、栄養の乏しい環境の中で、貴重な生命の輝きを守ってきた。中でも「氷河期残存植物」と呼ばれる植物にとって、地球温暖化による気候変動は、種を一気に絶滅に向かわせかねない危険性を秘めている。見えないところで、破壊が進んでいるのではないか―。尾瀬の中で起きている変化を指摘する声もある。

 「このまま温度上昇が進めば、尾瀬の乾燥が進み、数百年後には氷河期残存植物がなくなってしまうかもしれない」。元県尾瀬保護専門委員で、尾瀬の気候に詳しい菊地慶四郎さん(71)は、四十七年間の気象観測データを見詰めながら話した。
 尾瀬ケ原から三条ノ滝へ向かう分岐点にある赤田代地区で電源開発が一九六〇年から気象観測を続けている。データを取り始めてから十年間の六月の最高気温平均は二三・一度。これに対し、昨年までの十年間の平均は二五・七度だった。
 植物にとって、二・六度の気温上昇が持つ意味は大きい。雪解けが早まることで、外気に触れる時間が増加。植物は急激な気象変化に直接さらされる上、山頂部に自生する氷河期残存植物は、風雨の影響を長く受ける。
 菊地さんは「尾瀬ケ原の温度上昇が至仏山などの山頂部の環境にあてはまるかは分からないが、長い年月をかけて少しずつだが影響を与えていくはずだ」と、植物へのダメージを危惧(きぐ)する。
 尾瀬の湿原は、気温の低い山岳地域で腐敗しづらくなった植物がおよそ八千年かけて堆積(たいせき)した泥炭で構成されている。
 尾瀬国立公園にある会津駒ケ岳の植生を研究している福島大名誉教授の樫村利道さん(76)は「気温が上がれば湿原を構成する泥炭層の分解が始まる。目に見えないところで破壊が進んでいるかもしれない」と警告する。
雪化粧した尾瀬ケ原。かれんな花を咲かせる植物も、厚い雪の“毛布”の下で春をじっと待っている
(昨年4月)
 地球温暖化の影響はそれだけではない。気温上昇は大気中の水蒸気量を増加させ、大雨の頻度が増えていることも尾瀬にとって大きな変化だ。
 東京電力が一九五〇年から尾瀬沼で行っている気象観測データによると、尾瀬の年間降水日数は減少する一方で、一日当たりの降水量は増加していることが分かる。
 アヤメ平の湿地回復作業では、せっかく植物群落を移植しても、雨で土壌が流され、植生の回復がなかなか進まなかった。植生への影響は温暖化よりも集中豪雨の方が大きいとの心配もある。
 植生の変化については、記憶に左右され、科学的な根拠に欠けるとの指摘もある。とはいえ、多くの研究者が危機感を持って尾瀬を見守っていることは事実だ
 日本自然保護協会常勤理事の横山隆一さん(49)は生態系の変化が明らかになるように植生分布を継続的に調査する必要性を説く。「同じ場所で五年、十年おきに、どの植物がなくなって何が増えたのかを記録する。気候変動が尾瀬の植生にどのような影響をもたらすのか研究する手掛かりになる」
 急激な変化は分かりやすいが、穏やかに進行する生態系の変化は、気付いてからでは手遅れのこともある。尾瀬が発するシグナルを見逃してはならない。

◎低温と雪で作られた自然 尾瀬ケ原の湿原
 尾瀬ケ原の湿原は、気温が低いために植物が分解されないまま堆積した泥炭の上にできた。水中にあるものを低層湿原、泥炭がさらに積み重なって盛り上がり、周囲の水位より高くなった湿原を高層湿原、その間を中間湿原という。
 低層湿原には、尾瀬の象徴的な植物であるミズバショウやミツガシワ、中間湿原にはニッコウキスゲ、高層湿原にはモウセンゴケやヒメシャクナゲなどが生育する。
 山岳地帯で一年の半分が雪に覆われる低温状態と豊かな水に恵まれた環境が本州最大とされる湿原を生み出した。