無限の表情 尽きせぬ魅力 尾瀬国立公園
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 《地球とともに 第1部 異変(3)》 乾燥化進む尾瀬 生物の繁殖に影響
2008/04/20掲載
 鳩待峠から尾瀬ケ原に向かって木道を進むと、やがて川上川のせせらぎが聞こえてくる。清流は春の訪れとともに、雪解け水を集めて水かさを増し、湿原の植物や生物の命をはぐくんできた。だが、いにしえから繰り返されてきたはずの自然の営みが、地球温暖化による気候変動の影響で、変化を見せ始めている。観測データによると、尾瀬の降水日が減少し、夏になると池塘(ちとう)の水位が著しく低下したり、川の水がなくなるなど、湿原の乾燥化を予感させる現象が起きている。
 「川上川の水が消え、ハコネサンショウウオのすみかさえなくなっていた」。二〇〇六年夏、同河川で生物と水質の調査を行っていた県尾瀬保護専門委員の峰村宏さん(68)は、それまで見たことがなかった光景に目を疑った。
 毎年、川には三十センチほどの水があり、気持ち良さそうに泳ぐイワナの姿が見られた。それが、この時は観測地点の水がなくなり、数十メートルにわたって川底がむき出しになっていた。点在する水たまりには、イワナが身を寄せ合うようにして救いを待っていた。こうした現象は二十日間ほど続き、翌年も同じ現象が現れた。
 峰村さんは「尾瀬ケ原の水位の増減をずっと見てきた。でも、川の流れがまったくなくなってしまう状態が長い期間続くのは珍しい」と話し、湿原の乾燥化を懸念する。
 東京電力が一九五〇(昭和二十五)年から尾瀬沼で観測している気象データを調べると、降水日数が減り、降水日の間隔が長くなってきたことが分かる。一九六一年から十年間の年間降水日数の平均は二百六日。しかし、昨年までの十年間は百七十六日で三十日も減少している。
 雨の降らない日が続くと、湿原を潤している水が尾瀬ケ原から流れ出し、湿原の生物を脅かすようになる。
とうとうと水をたたえる尾瀬ケ原だが、最近では水位の変化が激しく、気候変動の影響も指摘されている(昨年5月)
 尾瀬には体長わずか二〇ミリのハッチョウトンボが生息している。雄は赤く、雌は黄色と黒のしま模様。日本で一番小さいこのトンボはかつてあちこちで見られたが、現在は県の絶滅危惧(きぐ)種に指定されている。
 だが、ハッチョウトンボにとって、尾瀬は次第に住みにくい場所に変わりつつある。卵を産み落とす池塘の水位が急激に変化するようになり、産卵場所が干上がる事態がたびたび起きるようになったためだ。
 水質と水生昆虫を調べている県尾瀬保護専門委員の栗田秀男さん(70)は、尾瀬に生息する約三十種のトンボのうち、浅瀬に卵を産み落とすルリイトトンボなど約十種類の減少を指摘。「干からびて破壊された産卵場所が増えている。このまま渇水期が長くなれば、尾瀬のトンボはますます減ってしまう」と警告する。
 尾瀬の乾燥を危惧する声は、半世紀以上にわたり尾瀬を見つめてきた地元の人たちからも出ている。
 尾瀬ケ原にある竜宮小屋の元主人で、環境庁の尾瀬自然保護指導員を三十年間務めた萩原一二さん(81)は、湿原の中でも比較的乾燥した場所に生えるヤマドリゼンマイが繁殖するなど植生の変化を感じている。「乾燥した湿原が増えて、子供のころは当たり前に見られた生き物が、今では見つけるのに苦労するくらい」と語る。
 こうした変化が気候変動によるものなのか、一時的な現象なのか、研究者の間でも意見が分かれている。しかし、人工的な影響が極めて少ない尾瀬で起きている変化には、必ず何かの理由があるはずだ。そこには地球の変化を読み解くヒントが隠されているのかもしれない。

◎動物の減少指摘
 長い間、尾瀬と親しんできた地元のお年寄りや研究者からは、尾瀬に生息する生き物の減少を指摘する声が相次ぐ。
 上空から「ゴゴゴゴー」と尾羽をふるわせて急降下する捕食行動が特徴のオオジシギは、かつて尾瀬ケ原でよく観察されたが、最近あまり姿を見かけなくなったという。
 このほかにも、野ウサギやヤマネ、オコジョなどの小動物やドジョウ、ゲンゴロウ、ホタル、チョウなどの減少も指摘されている。
 いずれも詳しい調査や研究が行われていないため個体数の減少を特定できないが、尾瀬の変化を示す手掛かりとして、研究者もこうした指摘に注目している。