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 《守るのは今〜生物多様性に向けて〜(1)》 尾瀬 破壊した湿原 再生への試み 教訓と希望発信へ
2010/09/20掲載
“現在 一時は姿を消した池塘が広がる現在のアヤメ平。再生途上の湿原には、ござ風の保護シートや土留め用の枠など植生復元のための工夫が施されている
“現在 一時は姿を消した池塘が広がる現在のアヤメ平。再生途上の湿原には、ござ風の保護シートや土留め用の枠など植生復元のための工夫が施されている

 かつて「天上の楽園」と呼ばれた尾瀬・アヤメ平。池ちとう塘が点在する湿原で、草紅葉が秋風に揺れる。足元を見ると、湿原再生のための定植用ござが敷かれていることに気づく。ござは、40年以上前の自然破壊でできた傷を治療する、ばんそうこうの役目を果たしている。
 尾瀬の湿原は8千年の年月をかけて、植物が堆たいせき積してできた。生息する植物900種のうち、オゼソウやオゼコウホネなど「オゼ」を名前に含むのは18種。泥炭のくぼ地に雨水がたまった池塘は、昆虫や水生生物が生態系を作る。独自性の高い環境が保たれている。

◎木道の総延長65キロ
 悠久の時間が育てた尾瀬の湿原は、繊細でもろい。
 環境保全という考えが希薄だった昭和30年代。アヤメ平はごった返す入山客に踏み固められ、湿原の景観を失った。この反省から、尾瀬全体で総延長65キロもの木道整備や山小屋からの排水対策など先駆的な取り組みが始まり、国内外で例がない規模と期間で続く保全活動につながった。
 保全活動と並行し、40年に及ぶ植生復元作業によってアヤメ平は湿原らしさを取り戻しつつある。それでも、作業を行う東京電力(東京都)は「かつての姿に戻るには、あと何十年かかるか分からない」。

◎ニホンジカが侵入
 環境の変化も湿原には脅威だ。本来は生息していなかったニホンジカが15年ほど前から尾瀬に侵入し、植物を食い荒らしている。シカの侵入について、尾瀬保護財団は「地球温暖化で積雪が減っていることが要因の一つ」と分析。捕獲が始められているが、掘り起こされた跡の「ヌタ場」は年々、湿原で広がっている。
 尾瀬以外の土地から、植物が移入してしまうのも問題だ。山小屋近くでは、湿地を好まないオオバコやタンポポなどが増えている。入山者の靴に種子が付いて移入したとみられるが、定着したのは、温暖化に加えて尾瀬の乾燥化が進んでいる影響だとの指摘もある。湿原に繁茂する被害は確認されていないが、尾瀬固有の生物多様性を守るため、除去が続けられている。
 人によって破壊された尾瀬が今、復元と保全とで人に守られようとしている。継ぎはぎのござが残るアヤメ平の姿は、尾瀬山小屋組合長の関根進さん(65)の目に「人の無知と英知とを感じさせる風景」と映る。
 壊した自然の再生がいかに難しいかという教訓とともに、取り組み次第で再生できるという希望もある。「象徴の地」である尾瀬から、そんなメッセージを世界に発信するのが関根さんたちの願いだ。

 今年は国連が定める「国際生物多様性年」。生物多様性条約第10回締結国会議(COP10)が10月、名古屋市で開かれ、本県から尾瀬保護財団が出展して保全や再生の事例を紹介する。本県は尾瀬をはじめ、水源地として多様な動植物が生息する山林や里山など豊かな自然環境が残る。在来種や生態系を保ち、生物多様性を守る活動を報告する。

 ◎メモ
 生物多様性とは(1)湿原、湖沼、山林など幅広い環境がある「生態系の多様性」(2)さまざまな生き物が生息する「種の多様性」(3)同一種の中で遺伝子が異なり、環境が変化しても絶滅しにくい「遺伝子の多様性」―の3分類を定義。生物多様性条約は生物資源を持続可能に利用し、生息環境を保全する目的で、2009年末現在193の国と地域が締結している