◎境目が残る
建築当初2階建てだったものを、1897(明治30)年、屋根を持ち上げて3階部分を付け足し、蚕室とする大改築が行われた。当時の当主、貞治郎は秘伝の薬を作る「薬業」や教員をしていたが、兼業で養蚕も手掛けたという。現在も2階と3階の間に境目が残り、大胆な増築の様を物語っている。
「赤岩地区は平地が少ない。少しでも多く耕地を確保するために、別棟の蚕室を建てるのではなく、3階建てに増築したのだろう」と、同地区での国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)調査を担当した東大工学部建築学科の藤井恵介助教授(53)は分析。大規模増築に見合うだけの養蚕業の収入があったことに驚きを示す。
地区内では、関駒三郎さん(74)宅も2階建てから増築した3階建て。現存しないが、ほかにも2軒、3階建て民家があったという。平野部の養蚕農家集落にはない、特徴的な姿だ。
赤岩地区はこれまで、湯本家が最大の観光スポットだった。同地区が重伝建になることで、観光客の目は今後、地区全体の町並みへ向く。湯本さんは「集落全体の景観こそ赤岩の一番の価値。湯本家はその一つとして大事にしていきたい」と考えている。 |