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| 丁寧に招き猫を仕上げていく荻原さん |
縁起物のだるまを生産する店が並ぶ高崎市豊岡地区。その中で唯一、招き猫を専門に作る店を経営する。明治初期から100年以上続く招き猫作りの3代目。張り子に細い筆で目鼻やひげを1本1本描き加え、すました猫の表情を生み出していく。
招き猫と養蚕。何のつながりもないように思える両者を結び付けるのはネズミだ。「昔はネズミが農家で悪さをして、蚕を食べてしまった。夜になるとネズミが屋根裏を跳んで歩くようで、何でも食ってしまうネズミが憎らしかった。ネズミよけのお守りとして、祖父が招き猫を作り始めた」
かつては養蚕が盛んだったという同地区。祖父の国松さんも農業をしていたが、ネズミに農作物や蚕を食い荒らされた。蚕の大敵を退治するネコは江戸時代から大切にされ、養蚕農家には「猫絵」が喜ばれた。農閑期の内職として張り子の猫を作り始めた国松さんは手応えを感じて招き猫作りに専念。これが当たり、注文は年々増えていった。
「農家にとって蚕は大切な『お蚕様』。ネズミよけの絵よりも人形の方がありがたがられたんだろう」と、祖父の着眼の良さに感心する。
招き猫作りの技術は国松さんから父の作造さんへと引き継がれ、自らも手伝いをしながら覚えた。猫の体やよだれかけに恵比寿さまや松竹梅の絵を入れるのは荻原家独自の工夫。「縁起物の絵だからみんなに喜ばれる」
招き猫が持つ小判には客の要望によって「千客万来」「商売繁盛」などの文字を書き入れている。「昭和30年代の養蚕が盛んな時期はよく『蚕大当(かいこおおあたり)』と書いていた。文字は時代に合わせて変わるんだよ」
今は招き猫を買い求める養蚕農家は少なくなり、飲食店以外では「家内安全」「交通安全」などの文字を好む一般家庭が増えた。
近年は黄色やピンクなどのカラフルな招き猫も作るようになった。不況の世の中、金運向上を願う金色や、黒字回復に掛けた黒色の招き猫が人気を集めている。
(高崎支社 小泉浩一)
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この連載は今回で終了します。近く「読者による私の中のシルクカントリー特集」を掲載します。
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