 |
| 幼稚園バス運転手の傍ら、オオムラサキ保護に取り組む阿部さん |
「老後の今が人生で一番楽しいし、面白くてしょうがない。蝶々から広がった人のつきあいがチャンスをくれた。やりたいことがあり過ぎて、100まで生きても終わらないよ」
日本全国に生息する里山のチョウ、オオムラサキ。森の周辺や河畔を滑空する姿は、まさにチョウの王様にふさわしい。「オスの翅表(チョウの羽の表側)の紫色は光の角度によって輝きが変化し、生きた宝石のよう」。群馬国蝶オオムラサキの会を49歳で発足。現在会長として、周囲から蝶吉さんと親しまれる阿部勝次(66)さんは、「第二の人生」をオオムラサキの普及、啓発にささげている。
 |
| むしむしの家隣接の“こども自然科学館”に並ぶチョウの標本 |
4年前から桐生市新里町のすぎの子幼稚園で、チョウを通して子供たちに自然の大切さを教えている。「園長がオオムラサキの会員という縁で定年後に誘われてね。送迎バスの運転手をしながら、チョウの研究もさせてもらっている。自然好きな園長とはなっから面白いつきあいさね」。園庭に「むしむしの家」をつくり、オオムラサキを始めアゲハ、クロアゲハなど10種のチョウを育てている。
「チョウがいなくなったら人間は死ぬぞと話すと、子供たちは何で何で? と真剣に聞いてくる。チョウが生きる環境を教えると自然について考えるようになって、排気ガスがいけないんだ、と答えを出す子も出てくるよ」。目をキラキラさせて観察する園児の姿を、60年前の自分と重ね合わせる。
5歳の時、自家用菜園のナスやキュウリの花で蜜を吸うモンシロチョウに目を奪われた。昆虫少年にとって、それはメルヘンの世界・。「小学校に入ってからはもう蝶々だけ」。夏休みの自由研究は「いつも金賞だった」という。20箱のチョウの標本が自分で持ち切れず、用務員がリヤカーで自宅に取りに来た。異常なまでのチョウへの関心に、高校時代の友人は半ばあきれ顔で蝶吉を命名した。
学校の先生になりたかったという蝶吉さん、はからずもその夢がいま実現している。最近は県内外の小学校へ招かれ、「あべ蝶吉先生のオオムラサキ授業」を行う機会も増えた。チョウの生態と自然の関係をこつこつ教え続けることで、多くの子供に少しでも何かが残ってくれれば、と願っている。
「オオムラサキは夏の産卵から11カ月掛けてチョウになる。この間に人の人生にも通じる大切なものが見え、得ることが多い。まだ分からない不思議もいっぱいで、魅力は尽きないよ」。阿部さんは愉快そうに笑う。
自然の連鎖の中でチョウがどう生きているかも見続けてきた。「40年前からガタッとチョウが減った。高度経済成長期の乱開発で、豊かな里山が失われたからだろう」。群馬国蝶オオムラサキの会では、会員250人と赤城山南面10カ所で越冬幼虫を調査し、オオムラサキの森づくりを目指す。阿部さんの壮大な構想はこれから大きく羽ばたくところだ。
|