“先祖に日の目、一日も早く” 1979(昭和54)年7月27日

今から約二百年前、天明三年(一七八三年)の浅間山の大噴火で瞬時に熱泥流の底に没した悲劇の村落、吾妻郡嬬恋村鎌原地区、旧鎌原村の発掘調査が二十六日「浅間山麓埋没村落総合調査会」の手で始められた。

浅間山の「天明の大噴火」で鎌原集落は埋没し、477人が死亡、高台の観音堂に逃げた93人が生き残ったとされる。1979年に調査会が観音堂前の階段を発掘したところ、石段が50段であることが確認され、階段最下部の辺りから女性の人骨2体が重なって見つかった。同年8月13日付紙面では、掘り出された人骨の写真を掲載。往時の大惨事を伝えた。