伝次平の水田 残っていた 1988(昭和63)年1月9日

上毛かるたに「老農船津伝次平」とうたわれている船津伝次平が明治十一年、東京・駒場農学校教師時代に開墾したとされる水田が、今でも筑波大附属駒場中・高校の手で守られ、田植え、稲刈りが行われている。

船津伝次平(1832~98年)は勢多郡原之郷(現前橋市富士見町原之郷)出身。東京大農学部の前身である駒場農学校が開校した際、教師に迎えられた伝次平は自ら駒場の低地を開墾した。この水田は現在「ケルネル田圃たんぼ」と呼ばれ、地元の生徒たちが米作りを続けているほか、同所のイベントに富士見地区の住民が参加して交流を図っている。