八高線高崎-児玉 7月開通 1931(昭和6)年6月18日

高崎八王子をつなぐ八高線工事は沿線民の熱望むくひられて其の一部分である高崎児玉間がいよいよ七月一日を期して開通する運びとなり(略)最後の保線工事各驛建築工事の残務等を処理しつゝある

八高線は上信越から東海道に東京を通さず物資を運ぶという軍事上の目的で明治期に計画された。日露戦争や関東大震災の影響で遅れ、倉賀野-児玉間の開通が最も早かった。同年12月に八王子-東飯能間が完成、1934(昭和9)年10月に全線開通した。記事では本記のほか、沿線各地の名所の紹介、工事責任者へのインタビューを掲載している。