渋沢栄一死去 1931(昭和6)年11月12日

九日朝危篤を傅へられて以来絶望の状態をつづけ十日午前逝去さへ信ぜられた實業界の大御所澁澤榮一氏は(略)十一日午前一時五十分、かね子夫人はじめ近親その他にまもられ眠るが如く大往生を遂げた。

埼玉県深谷市出身の実業家、渋沢栄一が91歳で死去。倒幕運動に参加したが、後に一橋家に仕え、明治維新後は大蔵省に出仕。辞職後は銀行経営や多くの企業設立に関わった。役人だった時は官営富岡製糸場の設立責任者の立場にあった。当時の群馬銀行重役の江原桂三郎は記事中で「渋沢老子爵の一生は日本実業界の発展史」と惜しんだ。