「日本の群響へ不可欠」 1982(昭和57)年9月14日

昨年の県移管を契機に“日本の交響楽団”をめざして再スタートを切った群馬交響楽団(中略)。同楽団は専用練習場を持たないため、練習日になると各会場を転々、はかない“ジプシー生活”を送っている。

当時の群馬交響楽団は群馬音楽センター会議室、県民会館リハーサル室、NHKスタジオなどの空いている日を見つけて練習に励んでいた。技術向上のため、落ち着いて練習できる環境を求める声が楽団員らから上がり、県と高崎市は専用練習場の確保に着手。1991年3月、音楽センターの南隣に念願の練習拠点となる群馬シンフォニーホールが完成した。