「雑誌王」野間清治逝く 1938(昭和13)年10月19日

報知新聞社々長、大日本雄辯會講談社々長野間清治氏は十六日午後一時卅分狭心症の爲め急逝した。享年六十一(略)大日本雄辯會を設立、雑誌「雄辯」を創刊次いで講談社を創め「講談倶楽部」を發刊

「日本の雑誌王」と呼ばれた野間清治は1878(明治11)年、桐生市に生まれた。県師範学校、東京帝大を卒業、沖縄で教員をした後、東京帝大法科大首席書記官の職を得て上京。30歳で講談社の前身である大日本雄弁会を立ち上げ、日本で初めて100万部を超えた「キング」など人気雑誌を次々と世に出した。「面白くて為になる」を編集の理念とした。