茂左衛門の義挙 後世に 1911(明治44)年12月1日

今を去る二百五十年前利根郡桃野村大字月夜野町に杉木茂左衛門なる義民あり當時の領主が横暴を極め(略)大老酒井雅樂守に駕籠訴を為し(略)自分は豫て覺悟の通り妻子諸共(略)磔刑に處せられたる

「天下の義人 茂左衛門」と上毛かるたに詠まれた江戸時代の農民。領主の悪政を将軍家に直訴し、重税に苦しんでいた沼田領177カ村の領民を救った。領民は刑場跡に地蔵尊を建てて親子3人の供養にあたり、1922(大正11)年、浄財を募って茂左衛門地蔵尊千日堂を建立した。改易に追い込まれた時の領主は真田信之の孫にあたる信利だった。