「改革の公約守ったまで」笹川氏 1993(平成5)年11月19日

1993年衆院選での自民党敗北を受け、成立した非自民連立の細川内閣が最大の懸案とした政治改革法案の衆院採決で、本県選出の自民、笹川尭氏が党議に反して政府案に賛成した。笹川氏は同様に造反した石破茂氏らとともにその後、自民を離党した。94年の新進党結党に参加したものの、97年には自民に復党。党県連会長、党総務会長の役職を務めた。
1993年衆院選での自民党敗北を受け、成立した非自民連立の細川内閣が最大の懸案とした政治改革法案の衆院採決で、本県選出の自民、笹川尭氏が党議に反して政府案に賛成した。笹川氏は同様に造反した石破茂氏らとともにその後、自民を離党した。94年の新進党結党に参加したものの、97年には自民に復党。党県連会長、党総務会長の役職を務めた。