上毛電鉄いよいよ開通 1928(昭和3)年11月9日

赤城山麓の都會大胡大間々伊勢崎桐生を前橋市と連結し(略)物資運輸の便を図る爲めに計劃された上毛電気鐵道株式會社の電車軌道敷設工事は(略)竣成せしめ愈最新式電車の運轉開通を見るに至つた

明治中期に敷設された両毛線の北側、赤城南麓を東西に走る上毛電鉄は粕川村(現前橋市)出身の早大生、田島丑太郎が計画、早大同窓の上毛新聞社長、篠原秀吉らが協力したのが発端となった。開業当時、前橋-桐生間を最新式100人乗りの電車が40分で走り、運賃は45銭。大胡から伊勢崎を経由し本庄を結ぶ路線も計画されたが実現しなかった。